戸籍の範囲では、まず「200年前」を目指す

「戸籍を収集して家系図を作ってみよう!」

ふとそう思ったとき、最初にやることは「戸籍(除籍謄本・改製原戸籍)の取得」です。戸籍の収集は役所に対し証明書の請求をしていくことですので、プロのような特別な技術がなくても調査を進めることができます。しかし「戸籍を集めるだけでどこまで昔のことが分かるのか?」が気になる方は多いのではないでしょうか。結論からお伝えすると、戸籍調査だけで遡ることができる限界は150年~200年程度、江戸末期・明治初期までとなります

戸籍調査の到達点目安

  • 年代: およそ150年〜200年前(幕末〜明治初期)
  • 世代: およそ5代〜7代前

「なんだ、明治時代までか。江戸時代や戦国時代までは分からないのか…」と、少し残念に思われたかもしれません。しかし、ここからが重要なポイントです。戸籍調査の目的は「明治時代のご先祖様の名前を知ること」だけではなく、本当の価値は明治時代よりさらに古い「江戸時代を調査するための情報」を手に入れることができることにあるからです
そこで今回は、実際に取得できる最も古い時代の戸籍画像をご覧いただき、そこに隠された「江戸時代への入口」について解説します。

戸籍の限界!明治19年式戸籍を見る

現在、役所で取得できる最も古い様式の戸籍は、明治19年(1886年)の法改正によって作られた「明治19年式戸籍」と呼ばれるものです。これ以前の「明治5年式戸籍(通称:壬申戸籍)」は封印されており、閲覧することはできません。

明治19年式戸籍の実際の画像

戸籍で遡れる限界

一見すると、古い手書き文字の羅列に見えるかもしれませんが、このいわゆる最古戸籍には家系図作りにおいて最も重要な情報が詰まっています。それは①最古の本籍地②江戸時代を生きた先祖の名前、の2つです。私たち専門家にとっては、この2つの情報が江戸時代を調査するための足がかりになります。

江戸時代につながる「2つの情報」

それでは①最古の本籍地、②江戸時代を生きた先祖の名前、の2つがなぜ重要なのか、詳しく解説していきます。

最古の本籍地(ルーツの場所)

江戸時代の農村

戸籍の右上の「本籍地欄」には、明治時代初期のご先祖様が住んでいた場所、つまり「最古の本籍地」が記されています。基本的には、この場所が江戸時代のご先祖の住所と推定されます。当時は現代と異なり、交通機関も発達しておらず、引越しも許可が必要で容易ではありませんでした。明治19年式戸籍から最古本籍地を特定できればベストですが、焼失や廃棄などで明治31年式や大正4年式の記録から推定する場合は特に「江戸時代からこの地に住んでいたのか」を改めて分析する必要が出てきます。さらに先祖が武士の場合は転居も多いため「最古の本籍地」が江戸時代の住所だったのかも分析する必要が出てきます。

なぜ本籍地が重要?

ご先祖の本籍地や江戸時代の住所は、さらに古い記録を探すための「基点」になります。郷土誌などの文献の多くは各自治体ごとに編纂されています。ご先祖の住所がわからないとどの資料を調べたらいいのかもわからないのです。単に「〇〇県」とわかるだけでは不十分です。「〇〇郡〇〇村字(あざ)〇〇番地」という詳細な地名が特定できて初めて、その土地に残る旧土地台帳を調べたり、その地域の歴史を紐解いたりすることが可能になります。

江戸時代生まれのご先祖様(時代の架け橋)

次に注目するのは、戸主・前戸主の欄、ご先祖の父母・祖父母の欄です。ここには「天保」「弘化」「嘉永」をはじめとする江戸時代の年号の記述とともに、ご先祖の名前が記載されています。令和の戸籍に「平成」や「昭和」生まれの人物が中心となっているように、通常明治時代の戸籍には江戸時代生まれのご先祖の名前が載っています。これにより1800年代前半(江戸時代末期)に生まれた人物の情報まで遡ることができるのです。

前戸主が最古の先祖になることも

最古の先祖は「戸主」である必要はありません。明治19年式戸籍には「前戸主」の表記がありますので、前戸主が最古の先祖であるケースも多いです。前戸主は生年月日がわからないことが多いですが、親子間の世代間(20年程度)と仮定して前戸主の生年を推定できます。

なぜ先祖の名前が重要?

「江戸時代を生きた人の名前」と「没年(または生年)」が判明することで、お寺にある過去帳(江戸時代の記録)や、墓石に刻まれた文字、「宗門人別改帳」「分限帳」「人名録」をはじめとする江戸・明治時代の人名記録との照合が可能になります。明治時代に生まれた人物の記録が江戸時代の資料に載ってくることはあり得ないわけですから、このご先祖様の名前が、明治の記録と江戸の記録をつなぐ「架け橋」となってくれるのです

江戸末期~現在までの簡易年表

時代 年代・元号 西暦 今から〇年前 出来事
江戸時代 寛政 1789-1801 約237年前 松平定信による寛政の改革と倹約の励行
江戸時代 享和 1801-1804 約225年前 伊能忠敬が蝦夷地の測量を開始する
江戸時代 文化 1804-1818 約222年前 町人文化が爛熟し北斎や馬琴が活躍
江戸時代 文政 1818-1830 約208年前 シーボルト事件や異国船打払令の発令
江戸時代 天保 1830-1844 約196年前 天保の大飢饉や大塩平八郎の乱が勃発
江戸時代 弘化 1844-1848 約182年前 外国船の来航が頻発し海防意識が高まる
江戸時代 嘉永 1848-1854 約178年前 ペリーが浦賀に来航し開国を要求する
江戸時代 安政 1854-1860 約172年前 安政の大獄や日米修好通商条約の締結
江戸時代 万延 1860-1861 約166年前 桜田門外の変で井伊直弼が暗殺される
江戸時代 文久 1861-1864 約165年前 生麦事件の発生や新選組が結成される
江戸時代 元治 1864-1865 約162年前 禁門の変(蛤御門の変)で市中が炎上
江戸時代 慶応 1865-1868 約161年前 大政奉還が行われ江戸時代が幕を閉じる
明治時代 明治5年 1872 約154年前 明治5年式戸籍(壬申戸籍)編成
明治時代 明治19年 1886 約140年前 明治19年式戸籍編成
明治時代 明治31年 1898 約128年前 明治31年式戸籍編成
大正時代 大正12年 1923 約103年前 関東大震災発生
昭和時代 昭和20年 1945 約81年前 各地での空襲・戦災
昭和時代 昭和23年 1948 約78年前 現行戸籍(昭和23年式)開始
昭和時代 昭和51年 1976 約50年前 戸籍法改正(閲覧制限)
平成時代 平成22年 2010 約16年前 保存期間の延長(80年→150年)

※今から◯年前の基点(今)は2026年です

上の年表と手元の戸籍を照らし合わせて、”戸籍で何年遡れたのか”をチェックすることができますので、是非試してみて下さい。明治時代19年式戸籍まで集められれば、大体150~200年位遡ることができていることが確認できるのではないでしょうか。私達の実績では、戸籍の記載で見た一番古い年号は「寛政」でした。寛政年間は今から約237年前にあたりますから、もし皆さんがこの時代まで遡れていたら、戸籍調査は大成功だといえます。

戸籍調査を阻む「3つの壁」

このように貴重な情報が詰まった古い戸籍ですが、残念ながらすべての人がここまで辿り着けるわけではありません。そこにはいくつかの壁があります。

①保存期間の壁(廃棄)

戸籍(除籍謄本)の保存期間は昔は50年、80年、150年と延長されてきました。この期間を過ぎた記録は、当時の役所の判断で廃棄処分されていることがあります。

②戦災・災害の壁(焼失)

空襲などの戦災や、関東大震災などの災害により、戸籍等の記録が焼失してしまっている地域があります。代表的な東京でのケースを以下の記事で紹介しています。

③戸籍の請求範囲の壁(法律)

現在の法律で家系図のための戸籍を収集できるのは直系の先祖のみと定められています。請求するご先祖との関係が明らかにできない場合や、傍系の先祖については戸籍を請求することができません。

中でも「保存期間」と「廃棄」の問題は切実です。「この先の戸籍があれば〇〇がわかるのに……」というケースは現実に後を絶ちません。まだ戸籍の収集がまだの方は、すぐに収集を開始することをおすすめします。

【上級編】戸籍に「書かれていないこと」を読み解く

ここからが、上級編になります。

一般の方が戸籍を見ると、先ほど解説したような「名前」「日付」の確認で終わってしまいがちですが、歴史知識と先祖調査の経験持つプロがこの戸籍を見ると、文字としては書かれていない「ご先祖様の職業や暮らしぶり」まで推測できることがあります。

なぜ「江戸時代の職業」が推測できるのか?

江戸時代の町人

明治19年式以降の戸籍に職業の記載はありませんが、以下のような情報から総合的に分析を行います。

1.本籍地の記載から

判明した「最古の本籍地」を地名辞典や古地図(江戸時代の絵図など)と照らし合わせます。

  1. 城下町の武家屋敷エリア(武家地)であれば、武士であった可能性が高い。
  2. 街道沿いの宿場町であれば、旅籠や商売を営んでいたかもしれない。
  3. 山間の村であれば、農業や林業に従事していた可能性が高い。

戸籍に記載がある本籍地はあくまで明治時代のものであるため、必ずしも江戸時代にご先祖が居住していた場所とは限りませんが、本籍地の場所がどのような場所であったかを確認することで職業の推測が可能になります。

2.「名字(姓)」から

明治以前から名乗っていたと思われる名字か、明治になって新しくつけた名字か。あるいはその地域に特有の名字か、特定の職業に関連する名字かなどを分析します。さらに、本籍地周辺の同姓の分布状況も重要になります。

3.「名前(名)」から

戸籍には実名(諱)か仮名のどちらかを記載するようになりましたが、武士の多くは実名(諱)と仮名(けみょう)を持ち、高い階級の武士は戸籍に本名(諱)を届け出る傾向も一部確認されています。他にも医者や学者っぽい名前、(当時からすると)高貴な名前の付け方がありました。一郎、二郎などの輩行名や通字、襲名など、当時の慣習や時代背景から様々なことが分析できますので、名前から読み取れる情報はたくさんあります

4.「戸籍の行間」から

戸籍の行間といっても様々な例がありますが、養子縁組の多さや、家督相続のパターンには、武家特有のものや商家特有の傾向が見られることがあります。本家と分家についても戸籍の記載から判別できることがあります。さらに、ご先祖の結婚相手の家から自分の家の状況が推測できることがあります。これらを組み合わせると、ご先祖の姿を浮かび上がってきます。

  • この地域で、この名字で、この場所に屋敷を構えていたということは、○○藩に仕えた武士だった可能性が高い
  • この本籍地と名字、村の構成からして、代々庄屋(村役人)を務めていた家系ではないか

といった、「ご先祖様の職業や経済状況」まで、ある程度の確度を持って推測が可能になるのです。これは、単なるデータ収集ではなく、歴史の知識と先祖調査の経験があるからこそ見えてくる景色です。私達のお客様がご自身でもできそうな戸籍調査をわざわざ私達のようなプロに頼むメリットも、このような専門的なアドバイスを受けられる点にあるのではないかと思われます。

戸籍の限界を超えて 〜その先の調査へ〜

ここまで記事を読んでいただければ「戸籍調査も意外と奥が深い!」と思っていただけたのではないでしょうか。戸籍の情報からでもある程度のボリュームの家系図を描くことはできますが、実は私達が本当に知りたい情報は戸籍には書かれていないものです

戸籍調査で首尾よく「最古の本籍地」と「江戸時代生まれのご先祖様」が判明した場合、私たちはその情報をもとに、さらに深い調査へと進むことができます。戸籍調査はあくまで家系図作り・先祖調査の「基礎固め」です。この基礎がしっかりしているからこそ、その上に立派な「家族の物語」を積み上げることができます。

古い戸籍を手に次の調査に進もうとしている方は、もう一度改めて戸籍の記載を丁寧に確認する必要があります。難しそうだと感じた方や、自分でやる時間のない方は、ぜひ一度、私達のようなプロにご相談ください。