「昔の人は名字が無かった。」

という話をどこかで聞いたことはありますか?

おそらく現代の方からするとなかなかイメージしづらいことだと思います。

また歴史が好きで、時代劇や大河ドラマが好きでよく見るというような方は「昔は位が高い人にしか名字はなかった」ということをご存知なのではないかと思ったのではないかと思います。

大河ドラマや時代劇では、町民の人たちが名乗る際に名字を言っている場面はなく、名前だけを言っている場面しか見たことがありません。 例えば「おみよちゃん」とか「すえきちさん」とかです。

そのため、昔の人の名字というのは「一部の人に許された、権力者の証」のようなイメージがあります。

では、名字というのは位の高い人達にしかなく、その他の人々には無かったのでしょうか?

そもそも名字の起源というのは、中国の「字(あざな)」の一種が、日本に伝わり、「名字」の由来となったという説が有力だというのは、別の名前に関するコラムでも解説させていただいていますが、ここでも全体的にもう一度、説明をさせて頂いておこうと思います。

「字(あざな)」に関しては、ここでは「中国特有の名前の付け方で、通称みたいなもの」という解釈をしていただいて大丈夫です。

そして「公卿(くぎょう)」と呼ばれる人々が邸宅のある地名を屋号としてつけはじめ、これが「公家(くげ)」や「武家(ぶけ)」の名字として発展していったとされています。

時代は、奈良~平安時代あたりになります。

平安時代

まず、基本として昔の日本には、天皇を頂点とした「朝廷」と呼ばれる政治を行う機関がありました。 その朝廷に仕える人たちのことを「公家」と呼びます。 その公家にも位でわけられていて、上の位にいる言わばエリートな人たちが「公卿」になります。

そして「武家」ですが、朝廷に仕える人たちの中で主に武芸に秀でた一族のことをさします。

武家

つまり「エリート集団が海外の真似をはじめたところ、他の人たちもそれを真似し始めた」ということに近い感じがします。

現代のように名字がつくようになった時期

まず時代をさかのぼること約140年前。明治時代のはじめになります。

明治政府は、明治3年に「平民名字許可令」、明治8年に「平民苗字必称義務令」という法律を作っています。

この内容は、「すべての国民は名字を名乗らなければならない」という国民への義務付けになります。 つまり、この時点で今現在のように、だれでも名字を名乗れるようになったわけです。

明治というと、そう遠くない昔です。

そんな大昔ではない時代に、やっと名字を名乗ることができたというのは、結構意外でした。 ちなみに、明治5年には日本初の全国統一様式の戸籍制度も始まっています。

明治時代というのは現代にも続く制度や仕組みが誕生した時代でもあり、 海外の文化や法律や技術等を取り入れ、近代的な国家を目指した時代です。

それを踏まえると、上記の二つの法律は国民を管理する上で必要なルールだったということですね。

では明治時代より前は、どうだったのでしょうか?

明治時代の前、江戸時代を見てみましょう。

調べてみたところ、江戸時代は「幕府の政策で公家・武士以外は、名字を名乗ることが許されなかった」ということです。

やはり江戸時代は、名字というのは位の高い人たちだけにしか無かったのでしょうか?

しかしもう少し調べてみたところ

「家を表す名」としての名字や、先祖が武家だったという庶民には名字が受け継がれている場合もあるようです。

つまり、江戸時代は「庶民にも名字はあったが、名乗ることが出来るのは一部の位の人たちだけ」ということになります。

そして、どうやらこのことが「江戸時代の庶民には名字が無かった」というように語られることになったのでしょう。

こうして「明治時代」と「江戸時代」を「名字」というもので比べてみると、 その時代背景がよくわかります。

江戸時代

江戸時代は、武士でいうところの、主人と家来の主従関係がそのまま社会のあらゆるところにも出た時代です。 名字を名乗れる・名乗れないというのも、主従関係からくる身分の違いからなのでしょう。

海外との外交も制限しているため、他国の政治に関することが入りづらいため、その色が強く残っているのだと思います。

対して明治時代は、海外に目を向け、日本の近代化を進めた時代です。

明治時代

列強国と肩を並べるには、主従関係や身分などと言っている場合ではなく、国そのものを変えなければいけなかったのでしょう。

名字を名乗らせ、国民を戸籍で管理し、近代化を急いだのです。

では、これよりもっと前の時代はどうだったのでしょうか?

  • 名字はあっても名乗ることができなかったのか?
  • または、本当に名字が無かったのか?
  • ここからは調べてみると、様々な説があり、それを簡単にまとめると、以下のようになります。

    飛鳥時代から平安時代中期(6~10世紀)、日本史の「古代」といわれる時代です。

    この時代の庶民は名字とはまた少し違う、その地名やその地の支配する一族に基づく「姓(かばね)」というものを持っていました。

    しかし制度の変更や廃止等といった時代の流れとともに、その大半は忘れられていったようです。

    8世紀前半(飛鳥時代)の文書にも数千名の名字が確認されているようです。

    その後江戸時代になり、幕府の政策で一部の身分の人以外は名字を名乗れなくなりました。

    つまりこれは、8世紀前半から今現在まで「庶民にも名字自体はあった」ということになります。

    つまり「名字を公の場で名乗れない」時期があったというだけで、庶民にも昔から名字はあったのです。

    そして明治時代になると、今度は名字を名乗ることを義務付けられるようになります。

    こうして振り返ってみると、名字の歴史というのは当初思っていた以上に長い歴史があるということがわかります。

    そして、これを読んでいるあなたの名字も、あなたが思っている以上に長い歴史があるかもしれません。これを機会に一度調べてみてはいかがでしょうか。