今、世界的に「家系図」や「先祖探し」が注目を集めています。その市場規模は2024年時点で約46.6億米ドル(約7,000億円)に達し、2031年には100億米ドル(約1.5兆円)を超えると予測されています。米国ではDNA検査とAI技術が融合し、個人のルーツ探しが巨大なエンタメ産業へと進化してきています。しかし、日本国内で「家系図」と聞いて連想するのは、納屋の奥にしまわれた古文書・巻物や、行政書士に依頼する戸籍調査手続きではないでしょうか。
世界では「AIと科学」が市場を牽引しているのに対し、日本市場は「戸籍制度と伝統」という全く異なる原理で動いています。本記事では、最新のレポートに基づき、この家系図文化とテクノロジーの違い、今後の日本市場の展望について解説します。
目次
先祖を調べる動機の違い
なぜ人は家系図を作るのか?その「動機」において、日本と世界には大きな隔たりがあります。
世界:自分は何者か?(Identity)
米国における最大のドライバーは「個人のアイデンティティ探求」です。「自分のルーツはアイルランド?」「私の先祖にバイキングや王族はいる?」といった知的好奇心が原動力であり、DNA検査キットの普及がこれを加速させました。
ターゲットは「自分探し」をする層
主なターゲットは、時間と資金に余裕のある退職者層や「自分探し」を行う若年層です。彼らにとって家系図作りは、一種の謎解きゲームであり、知的エンターテインメントなのです。
日本:家の継承(Duty & Worship)
「自分探し」がニーズの中心である世界に対して、日本ではこれまで、家系図は「先祖供養(Ancestor Worship)」の文脈で語られてきました。日本人の意識としても家制度のもと「墓を守る」「家を継ぐ」といった継承の責任がベースにあり、家系図は趣味のアイテムというよりは、伝承物としての側面が強いのが特徴でした。そのため、主な顧客層は良家の富裕層や高齢者、著名人や武士を先祖に持つ家の利用が中心となっていました。
しかし近年では、世界の潮流と同じく日本でも「自分探し」をテーマに家系図を調べる人が増えています。家の継承というしがらみが意識されずらくなった現代では、日本でも自分のために、「自分の先祖は武士だったのか」「家に伝わる伝承は本当なのだろうか」と知的好奇心を動機に家系図に取り組まれる方が増えているのです。さらには、法事の需要や両親や祖父母へのプレゼントとしての需要も年々高まっています。
調べる方法の違い:「DIY(自分で)」 vs 「DIFM(お任せ)」
この動機の違いは、具体的な家系図を作るプロセスや企業が提供するサービスにも明確に現れています。
世界の主流:「SaaS型」のDIY
Ancestry(アンセストリー:米国)やMyHeritage(マイヘリテージ:イスラエル)といったグローバル企業は、月額サブスクリプション型のWEBサービスを提供しています。
ユーザーは自宅にいながら、数十億件のデジタル化された出生記録や国勢調査データにアクセスし、自分で検索して家系図を構築する「DIY(Do It Yourself)」スタイルが一般的です。先祖調査の代行をする事業者やリサーチャーやジェネオロジスト(研究者)もかなり多い(数千人規模)ですが、あくまで調べたい人が自分でレコードを調べるのが基本になっています。
日本の主流:「代行型」のDIFM
一方、日本では「DIFM(Do It For Me:私のためにやってくれ)」、つまり専門家への丸投げが主流です。その最大の理由は、日本独自の戸籍制度にあります。
日本独自の壁「戸籍制度」
欧米と異なり、日本の戸籍は「家」や「親子」単位で管理されており、プライバシー保護の観点から第三者の閲覧が厳しく制限されています。そのため、Ancestryのような「検索すれば先祖が出る」ビジネスモデルは、日本では成立しません。
そのため、行政書士などが役所に戸籍を請求し、複雑な戸籍を読み解くという、労働集約的な作業が必要不可欠となっています。弊社、家樹株式会社もシステム開発やAIエージェントを活用した効率的な調査等、色々と工夫はしていながらも基本的にはこの「代行型」です。
DNA検査の普及格差
世界と日本の家系図市場の違いとして、まず言及しなければいけないのはDNA検査(遺伝子検査)の普及状況の違いがあります。
目的と位置づけの決定的な違い
世界と日本では、一般向けのDNA検査が消費者に受け入れられ方が異なります。
米国(祖先探求中心):
- 「ルーツ探求」が主流:
AncestryやMyHeritageにおいては、DNA検査は「自分はどこの国の血を引いているか(民族構成)」や「未知の親戚を見つける(マッチング)」ためのツールとして普及している。 - 巨大なデータベース:
Ancestry1社だけで2,500万人以上のDNAデータベースを保有しており、この圧倒的な母数が「親戚が見つかる」というネットワーク効果を生み、サービスの強力な参入障壁となっている。 - ビジネスの柱:
DNAテストキット販売はサブスクリプションと並ぶ、家系図企業の二大収益源の一つとなっていましたが、普及が一巡し、現在ではDNAテストキットの販売数は頭打ちの状況になっている。
日本(医療・ヘルスケア中心):
- 「ヘルスケア」が主流:
日本市場におけるDNA検査は、疾患リスクや体質診断などの医療・ヘルスケア目的が主流であり、家系図作成(系譜学)のために利用されるケースは稀で、国内向けのサービスも発達していません。 - 戸籍の存在:
日本には「戸籍」という信頼性の高い公的記録が存在するため、血縁を証明するためにDNA鑑定を行う必要性が欧米ほど高くありません。そのため、家系図作成においてDNA検査が必須のステップとして組み込まれていないのが現状です。
プライバシー意識の違い
2023年から2025年にかけて発生した23andMeの大規模データ漏洩事件により、世界的に「DNAデータは安全ではない」という認識が拡大しています。日本は元来プライバシー保護意識が高く、特に家系図情報の第三者公開を忌避する傾向(戸籍の非公開性など)があるため、この世界的トレンドは日本における「系譜目的のDNA検査」の普及をさらに遠ざける要因となるかもしれません。
世界ではDNA検査が家系図作成の「入り口」であり「中核機能」ですが、日本ではあくまで「健康診断の延長」にとどまっており、家系図市場とは直接リンクしていないのが現状です。当然ながら世界のデータベースに登録されている日本人のDNAデータも少ないため、DNA情報から親戚がマッチングする確率も低くなっています。
新潮流:AIによる「物語化」
世界市場では今、「デジタルデータの収集」「DNAによる親戚マッチング」から、AI技術を活用した「物語の構築」へと競争の軸が移っています。
データから「感情」へシフトする世界市場
Ancestry「AI Stories」
国勢調査や徴兵カードなどの無味乾燥な記録から、その人物がどのような時代を生き、どのような経験をしたかという「伝記」をAIが自動生成し、ナレーション付きで語ってくれます。
Ancestry Brings Family History to Life with New AI-Powered Stories(外部サイト)
MyHeritage「Deep Nostalgia」
古い白黒写真をAIでカラー化・高画質化するだけでなく、まるで生きているかのように動画として動かす技術で、感情的なつながりを創出しています。
MyHeritage Deep Nostalgia™(外部サイト)
Storiedが目指す「次世代」のアプローチ
新興のStoriedは、最新のグラフデータベース技術を用いています。血縁だけでなく、友人、ペット、戦友といった「関係性」も含めた、より現代的な家族の物語(ストーリー)を記録可能にすることで、市場に新たな風を吹き込んでいます。
日本の家系図業界の未来
長らくガラパゴス状態であった日本市場にも、デジタル化の動きが見られます。国立国会デジタルコレクションをはじめとするデジタルアーカイブの進化と2024年3月戸籍法改正による「広域交付制度」の導入です。
デジタルアーカイブの進化
国立国会デジタルコレクション(通称:デジコレ)で継続的なアップデートが行われおり、様々な資料がデジタル化され検索対象となっています。著作権の有効期限が切れた図書については、オンラインで閲覧・全文検索が可能になってきています。人名録や郷土誌などの古い資料を調べる機会が多い先祖調査においては、国立国会デジタルコレクションをはじめとするデジタルアーカイブでの資料検索は極めて有効な調査手段になっています。
広域交付制度により戸籍調査の手間が軽減
これまで、先祖の戸籍を集めるには、本籍地がある全国各地の役所に個別に請求する必要があり、これが個人の自力作成(DIY)のハードルを高めていましたが、法改正により、最寄りの役所窓口で全国の戸籍を一括取得することが可能になりました。申請者本人しか利用できなかったり、自治体の対応がまばらであることなど、現状課題も多いですが行政のDXへの取り組みの一環として評価されています。
Aiは日本の先祖調査で有効に機能
近年のAi技術の進化は目を見張るものがありますが、戸籍を読み込んで家系図を自動的に作ってくれるレベルには全然到達していません。しかし実は戸籍以外の手段を用いる先祖調査ではAiはアシスタントとして活躍します。実際に、私達が日々取り組んでいる先祖調査の現場では、Aiを活用することで、これまでできなかったような広範な調査が可能になっています。かつ推論の精度が明らかに高まっています。国内の資料全体のデジタル化の進み具合に依存する部分はありますが、今後の技術の進化により先祖調査はより効率的になることが予想されます。
寺院や本家が消滅の危機へ
先祖を調査する上で重要なのが過去帳を管理する寺院や家蔵系図や資料を持つ本家の存在です。寺院については人口減少や過疎化、多死社会の進展による「墓じまい」により、2040年までに全寺院の約3分の1が消滅する可能性があるとの予測が出ています。また、戦後の民法改正で「家制度」が廃止されて久しいですが、実生活における本家の役割も急速に失われています。分家が都市部へ移住し、本家との物理的距離が開いたことで、冠婚葬祭の仕切りや意思決定を本家に仰ぐ習慣がほぼ消滅しています。日本では今後、伝統的な「分家を統率する本家」は、ごく一部の資産家や旧家を除いて自然消滅していくと言われています。日本国内のこの状況は、年々先祖調査が困難になっていくことを意味しています。
DNA検査普及の見通しは
世界的には先祖調査にDNA検査の手段を用いることは一般的ですが、この波が日本に波及するかは今後のポイントになります。個人的には、日本の先祖調査でDNA検査が米国のように爆発的に普及することはないと考えています。米国人と異なり、日本人は知らない親戚とつながることを「エキサイティング」だと感じるのではなく「わずらわしいこと」だと感じる傾向があるためです。ルーツが海外にある日本人の場合はDNA検査は必須ですが、純日本人の間でDNAはあくまで一部の愛好家の間での部分的な普及にとどまる、というのが当職の見立てです(外れたらすいません)。
デジタルとアナログが融合する「ハイブリッド型」へ
この法改正により、日本でも「DIY家系図」のハードルが少し下がりました。ただ、依然として戸籍の読取りが困難であること、先祖調査において膨大な時間と手間がかかる状況には変わりありません。今後は、取得した戸籍データを高機能アプリで編集・物語化したり、読み解きが難しい部分だけを専門業者に依頼したり、個人で調べた成果を編集し製本したり、アナログな対人調査や現地調査のみ業者が代行したりなど、デジタルとアナログが融合した新しい市場が生まれる可能性があります。
世界の最先端の家系図情報を日本へ

世界の家系図市場は、DNA解析による「祖先探求」と、AIによる「物語化」が融合し、個人のアイデンティティを再定義する巨大産業へと成長していっています。日本は「戸籍」という独自の制度の影響から、独自の家系図市場を形成してきましたが、世界的なデジタル化の波は確実に押し寄せてきています。先祖調査のニーズについても、世界の潮流に近づくように日本国内でも「家をつなぐための家系図」から「家族の絆を残す家系図」「自分を見つめ直す家系図」へと年々多様化してきています。
家樹では、Japan Genealogy Connectというグローバルブランドで世界中の日系人のルーツ探しをサポートしながら、日本にルーツを持つ世界中の方から多くの依頼をいただいています。また、アメリカのユタ州ソルトレイクシティで毎年開催される世界最大級の家系図カンファレンス「RootsTech」に3年連続で出展しています。
世界最先端の家系図関連情報をSNSを通じて日本国内へお届けしていますので、これからも是非お楽しみに!


























