戸籍を辿って先祖を辿り、知られざる家族の歴史を紐解いていくことは家系図作りの第一歩となります。戸籍からわかる情報だけでも多くのことがわかりますが、戸籍以外に先祖の生きた証を知る方法はないでしょうか。今回ご紹介するのはその一つ。戦後を生きる家族にとっても重要な記録でもある軍歴証明書の取り方について解説します。
目次
軍歴証明書とは?
軍歴証明書とは、都道府県や厚生労働省が発行する旧陸海軍軍人・軍属・従軍文官の召集から除隊までの履歴を記載した公式な記録です。旧軍人の恩給や年金、叙勲・被爆者健康手帳の申請などの際に必要となるため、こういった証明書が発行されています。
軍歴証明書でどこまで辿れる?
主に満州事変が始まった1931年(昭和6年)から1945年(昭和20年)の太平洋戦争終戦までの間に陸海軍に入隊していた旧軍人が対象となりますので、日清戦争(1894年)・日露戦争(1904年)の記録までは通常取得することができません。太平洋戦争の終戦間際や記録が残りようもなかった激戦地(フィリピン・硫黄島など)の情報は記載が簡略になる傾向があり、また戦況が悪化した終戦間際に入隊した人の記録は残されていないケースもあります。
軍歴証明書に書かれていること
軍歴証明書には「氏名・官職・叙位叙勲・招集時期・出航した港・配属・任官・進級・従軍記録・賞罰・傷病と治癒・招集解除時期」など、軍隊に所属していたときの詳細な内容(軍歴)が書かれています。また上の画像を見てもわかる通り「職業」や「家族構成」なども記載されているため、戸籍が廃棄・消失してしまっている場合でも軍歴証明書から家系図作りの補足情報が得られる場合もあります。国が管理していた公的な証明書ですから、文書としての信憑性も非常に高いものとなります。
ご先祖が所属していた部隊がわかれば、その部隊の活動内容は国が保存する資料に詳細に記録されていますので、軍歴証明書を取得した後はそこまで調べることが大切です。部隊名をWEBで検索するだけでも、Wikipediaなどから詳しい情報を得ることができますので、当時のリアルなご先祖様の足跡を辿ることができます。
軍歴証明書と兵籍簿はどう違う?
「軍歴証明書」と似た書類で「兵籍簿(へいせきぼ)」という文書がありますが、その違いとはなんでしょうか。旧陸海軍で記録したそのものが「兵籍簿」。兵籍簿を元に履歴書のようにまとめられているものが「軍歴証明書」です。
兵籍簿は当時のまま手書きで大変詳細な情報が記載されています。管理している自治体によっては、まとめられた軍歴証明書がなくて、兵籍簿をそのまま軍歴証明書として交付される場合も多くあります。証明書の交付を依頼する本来の目的が、先祖の軍隊での記録なわけですから、できれば詳細にわたった情報を得たいところですが、すっきりとまとめられた軍歴証明書が用意されている自治体の場合、兵籍簿を交付してもらうことはできません。
兵籍簿や履歴原表など、様々な名称の資料が存在しますが、全て軍歴に関するものであることは同じですので、そこまで区別して考える必要はありません。
シベリア抑留に関する記録も残されている
終戦後に捕虜となった日本軍人が、ソ連(シベリア)の収容所で強制労働に従事させられたことを「シベリア抑留」といいます。不幸にもご先祖がこのような境遇にあった場合、厚生労働省から「乗船者名簿」や「外地引揚調査表」などと合わせて、ソビエト連邦側が行った尋問の記録(身上調査票)などが開示されます。ロシア語の記録は厚生労働省が全て丁寧に翻訳してくれますので、尋問記録などから当時の詳しい状況がわかることがあります。
ソビエトの尋問記録には、信仰している宗教、軍隊所属前の職業、捕虜になった場所、捕虜になった時に負っていたケガや病気の様子、なども詳しく記録されている場合があります。これらの情報は、現代から到底知り得ない情報も多く含まれているケースが多いといえます。
軍歴証明書の取り方
誰が発行申請できる?
軍歴証明書は一個人に関する機微情報(高度の個人情報)が含まれているため、誰でも請求できるわけではありません。発行申請をできる人には「親等」を基準とした要件があり、主に以下のようなパターンが考えられます。
- 本人死亡の場合のみ2親等までの親族までの請求を認める
- 本人死亡の場合のみ3親等までの親族までの請求を認める
- 本人が存命でも3親等までの親族までの請求を認める
- 本人が存命でも6親等までの親族までの請求を認める
- 本人が存命の場合は本人からの請求しか認めない
この通り、自治体ごとに様々なケースが考えられます。上の例に加えて、祭祀主催者からの請求まで認める発行機関もあります。3親等内の親族であれば概ね請求可能な運用となっていますが、申請要件は発行元によって若干異なるため、申請する際には事前に確認しておくことが大切です。
申請にあたって必要な情報
軍歴証明書の発行申請にあたって、必要となる情報は3つあります。
- 対象になるご先祖の氏名・生年月日
- 終戦時(昭和20年8月15日)の本籍地
- 所属していた軍隊(軍人・文官)
①②は戸籍を辿ることで把握することができます。曽祖父・祖父あるいはお父さん、おじさんが陸軍軍人もしくは軍属だった場合、気をつけなければいけないのが終戦時点(昭和20年8月15日)の本籍がどこだったのかという点です。本籍地を途中で変更している(転籍している)場合もあるため、ここは戸籍謄本あるいは除籍謄本をよく読み解いて調べたい旧軍人のご先祖の本籍地をしっかり見極めましょう。戸籍の取得方法については以下の記事を参考にして下さい。
陸軍か海軍か調べる方法
ここまでは戸籍からわかる範囲ですが、③の所属軍隊については戸籍からはわからないことが多いです。戸籍には戦死している場合にのみ、死亡事由として「死亡した場所」、「戦死の届出をした部隊長の氏名」が記載されます。このケースでは、届出者である部隊長の肩書から所属していた部隊が判明することになります。また、戦死している場所だけでも陸軍か海軍かは判断がつきやすいです。
所属先が陸軍か海軍かわからない場合
戸籍からわかれば一目瞭然ですが、一般的には戸籍から所属先がわかる場合は稀であり、親族からの聞き取りでも所属していた軍隊がわからない場合は、自分でどうにかして調べるしかありません。
- 本人に聞いてみる(存命中の場合)
- 親族・知人(戦友)に聞いてみる
- 遺品の中から手がかりを探ってみる
このような方法で手がかりを得ることが考えられます。家族の言い伝えで陸軍か海軍か程度はわかることも多いですが、どうしてもわからない場合は、厚生労働省と自治体両方に問い合わせをしてみるとよいでしょう。
日本空軍は存在しなかった?
これは珍しいケースですが、ご先祖が軍隊で零戦に乗っていた、空軍に所属していた、といった言い伝えをお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。実は世界的に見ても飛行機が本格的に戦争で用いられるようになったのは第一次世界大戦からであり、当時日本空軍という独立した空軍は存在していませんでした。
大日本帝国憲法 第11条 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス
ご覧のように憲法でも“陸海軍”と定められており、当時の憲法では空軍は想定されておらず、独立した空軍を編成するためには憲法の改正が必要だったという事情もあります。当時のいわゆる日本空軍は、正確には陸軍飛行隊と海軍飛行隊にわかれていたため、ご先祖が飛行機乗りだった場合でも陸軍所属なのか海軍所属なのかを調べる必要があります。
軍歴証明書の発行機関
軍歴証明書の発行を管轄している部署は大きく二つに分かれます。
軍歴証明書の発行機関一覧
所属 | 発行機関 |
---|---|
1.海軍軍人・軍属 | 厚生労働省(社会・援護局 援護・業務課) |
2.陸軍文官 | 厚生労働省(社会・援護局 援護・業務課) |
3.陸軍軍人・軍属 | 終戦時に本籍があった都道府県の社会福祉担当部署 |
上記3の場合は、候補地を絞ったら都道府県の社会福祉担当部署に電話で証明書が残っているかどうか問い合わせてみるのがオススメです。しかし自治体によっては記録の有無について事前に教えてもらえないこともありますので、記録があるかないかがわからない状況でも申請をしなければ場合もあり得ます。都道府県ごとの窓口を調べたい場合は、「〇〇県 軍歴証明」と検索するか、以下の厚生労働省がまとめた一覧表をご覧ください。
▼厚生労働省のページ▼
各都道府県の軍歴証明関係担当課(一覧表)
場合によっては、戦後の混乱期に紛れて消失したり、火災や災害などで記録が残っていないということもあります。特に終戦直前や、軍属に関してはそもそも記録されなかったということもあるため、資料自体が存在しないということもある程度覚悟をしておいた方がよいでしょう。
資料が見つからない場合は、遺品の中に軍隊手帳などが残されていないか確認してみましょう。私達の経験からしても行政が保管している軍歴証明書よりも個人の所有物である軍隊手帳の方が詳細なことがわかることが多いです。
申請に必要な書類
次に、軍歴証明書の発行申請に必要な書類をご紹介します。必要書類は発行元によって異なりますので、実際に請求する際には直接発行期間に問い合わせる必要がありますが、主な必要書類は以下のようなものです。
1.申請書
厚生労働省または各都道府県の社会福祉担当部署に問い合わせて申請用紙を取得します(発行元によって様式が異なります)。郵送・FAX・メール・HPからのダウンロードの方法があります。
調査の対象となる旧軍人のご先祖について「終戦時の階級」を記載する欄がある場合でも、わからなければ「不明」としておいて構いません。用途・目的の欄には「家族史の作成」等、ごまかさずに正直に書くことをおすすめします。
2.戸籍謄本(原本)
申請者と調査の対象となるご先祖との関係を証明する戸籍謄本によって自分とご先祖の関係を証明する必要があります。また、調査対象者の子や孫にあたる自分の親や本人が生存していることがわかる場合、親(本人)からの申請を求められるケースもあるので注意が必要です。
3.申請者の身分証明書
運転免許証等写真付きのものであれば1種類ですむ場合も多いですが、写真なしの身分証の場合は2種類の身分証明書の提出を求められることが一般的です。
請求者の住民票が必要な自治体もあり、必要書類に関しても発行元によって異なる運用がなされていますので、申請書を書きながら手引き等で必ず確認しておきましょう。
手続き全体の流れ
ここで、全体の手続きの流れを確認しておきましょう。
- 調べたいご先祖を決める
- 戸籍謄本の取得
- 記録・資料の有無の確認(電話)
- 申請書の請求(郵送・FAX・ダウンロード等)
- 申請書を記入・必要書類と合わせて郵送する
- 発行手数料の支払い
- 軍歴証明書が送られてくる
※厚生労働省は電話での確認は行っていませんので、③の電話確認はせずに申請書の郵送請求を行って下さい。
申請書類を郵送して先方に届くと、交付にかかる費用・代金の納入方法を知らせる通知書が届きますので、指定された方法で手数料を支払います(詳細は自治体ごとに異なります)。あとは軍歴証明書が届くのを待つだけです。届くまでには1週間ほどであったり、稀に数カ月掛かることもあります。
待たされる理由も様々なケースが考えられますが、個人的な理由で請求しているものに対して、行政がサービスとして対応してくれているという事情もあるため、急かすようなことはせずに待つようにしましょう。
軍歴証明書の取得期限
軍歴証明書はいつまでに取得したらいいのでしょうか。前述の通り、軍歴証明書は昭和6年から20年までの約14年間旧陸海軍に入隊していた軍人の記録です。これから記録が破棄されるような事態は当分は考えづらいですが、終戦時に20歳〜40歳だった人が対象だとすれば、4親等の曾孫にあたる世代もすでにかなり年齢を重ねていることになるでしょう。その下の世代は、軍人だったご先祖とは4親等となってしまうため、その方からは軍歴証明書の申請をすることができなくなってしまうことを意味します。
そういった意味においては、軍歴証明書の取得期限はすぐそこまで近づいていることになります。取得するつもりで後回しになってしまっている場合は、なるべく早い時期に手続きに取り掛かった方が賢明です。
まとめ
軍歴証明書は先祖と戦争との関わりが記録された公式文書です。文書が存在していて、正式な手続きを踏めば誰でも取得することができます。
近年では年号が「令和」へと変わり、「昭和」という激動の時代が一層遠のいてしまったような印象があります。戦時中の記録はあらゆる形で今でも残されていますが、平成生まれの若い世代にとっては先の戦争に対する実感はどんどん薄くなっていってしまうでしょう。
しかし自分のルーツを辿ってみれば、そこには激しい戦争の時代を生き抜いた先祖に必ず出会うことになります。軍歴証明書を頼りに戦争の時代を生きたご先祖の生き様を知ることで、今ある平和がどのような時代を経て存在しているものなのか、改めて考えるきっかけにしてみて下さい。