テレビ番組で「時代劇」を視ていると、時々「分限帳(ぶげんちょう・ぶんげんちょう)」という言葉を台詞で耳にします。みなさんは、分限帳についてお耳にされたことはありませんか?この記事では分限帳とは、そもそも一体何なのか、そして、分限帳を通して調べるとのできる自分の「ルーツ」についてご紹介します。

分限帳とは

分限帳って一体何?

「分限帳」は戦国時代以降に作られ、「ぶんげんちょう」または「ぶげんちょう」と読みます。もともとは、戦国の世に群雄割拠した各地の大名が、自分の治める領国内の家臣団を、その身分や家柄ごとに記載した名簿です。

この分限帳は、江戸時代を迎えて、どの藩においても正式に整備されるようになります。具体的に分限帳に記載されていた内容は以下の通りです。

  • 家臣として召し抱えている全ての武士の身分や格式
  • 藩における役職や治めている知行
  • 与えられている俸禄(給料のこと)
  • 家臣団における席次(序列)
  • 先祖と家の系図、他家との婚姻関係等

家臣として奉公する武士について、ほぼ全ての個人情報が記載された、いわゆる詳細な「職員録」が分限帳です。中世、戦国時代には、分限帳は「家臣帳」などと呼ばれていましたが、江戸時代に入ってから、ほぼ全国的に「分限帳」という名称が確定したようです。

中には、鎌倉時代に作られた家臣団の記録も、後に「分限帳」と呼ばれるようになります。従って、記載されている内容は、年代によって多少の差異があるので、閲覧する際には注意が必要です。

分限帳が作られた目的は、いずれの諸藩でも、藩の統制上行政面・財政面上の必要性があったようです。家臣団を率いるには、健全な財政的基盤が必要です。また、知行や俸禄、席次を確実に把握し、論功行賞や取り立て(出世や役職への任命)、処罰を行わなければ、家臣間で不平不満が鬱積し、正常な藩運営など不可能です。

分限帳は、社会体制が「武家社会」に移行し、定着していく中で、必要に迫られて作り上げられた武士の戸籍のようなものと言えるでしょう。

全ての武士が載っていない?

武士の「職員録」が分限帳であれば、すべての武士が分限帳に掲載されているのでしょうか?

いえ、その答えはNOです。実際のところ、分限帳に記載されているのは、いずれの藩でも1~2割程度であると言われています。その理由は下記の通りです。

  • 分限帳に記載されている武士は「上級武士」だけです。上級武士とは、所謂「知行取り」と言われている「所領」を安堵(あんど)された家来に限られていました。
  • 下級武士(例えば「足軽(あしがる)」)は、ほぼどの藩でも分限帳に記録されることは無かったようです。

すなわち分限帳に記載されている家来の武士は、全体の1~2割程度の上級武士に過ぎません。従って、残りの8~9割の下級武士は、分限帳に掲載されていないのです。

どうして、全ての家来を分限帳に掲載しなかったのか?その理由については諸説がありますが、当時はまだ現代のように情報化・電算化された社会ではありません。一般的な小藩でさえ、2.3千人の家臣団を抱えていた藩主にとって、全ての家臣を詳しく調査し、それを筆のみで記録していくという作業こそが、非常に負担であったのかもしれません。

まして、ようやく作り上げた分限帳の「原本」を、高級官僚分に数十冊、数百冊分模写して「複写」することなど非合理的です。それならば、分限帳に掲載する家臣を絞り込み、少数精鋭に限定することの方が、藩主にとっては有効であったはずです。

現代社会のように、一発でアンケート内容に回答させ、データ変換・処理すれば、数日の内に膨大な「人材データベース」が完成できるのとはわけが違います。余計な費用や労力を省く上でも、分限帳に記載するのは、高級武士に限定した方が理にかなっていたのでしょう。

したがって、分限帳に掲載されていなかったからといって、「先祖は武士ではない」と決めつけるのは早計です。分限帳以外にも、先祖が武士であった証拠や記録(例えば寺請状など)が残っています。

また、江戸時代の商家に残された「貸付証文」などにも、貸付の相手先が身分とともに記載されている例が見られます。そうした古文書や地誌を当たってみることも、先祖の身分や職業を調べる上で有効な方法です。

分限帳の類型と変化

江戸時代が進み、分限帳はいくつかの類型(編纂形式)に分かれて作成されたり、町人の間でも分限帳という言葉が用いられるようになったりします。例えば、次にご紹介するのがその一例です。

  • 戦国時代が終わって間もない頃や、江戸時代初期に勃発した「島原・天草の乱」のような大規模な軍事的行動が発生した時期も含めて、いずれの藩もこぞって軍事的な構成組織を示す「陣立書」として分限帳が作成された。万一の「戦備え」として「陣立書」としての分限帳作成は、急務だったのでしょう。
  • 泰平の世が進むにつれて、軍事的な側面よりも、家臣に役金(給金)や扶持米を配布する際の「給料台帳」として分限帳が整えられていった。
  • 江戸時代後期になると、町人(特に豪商)などの「長者番付」も分限帳の名前で使われるようになった。分限帳の意味するカテゴリーが拡大しました。


分限帳はどこで見られるのか?武士の調べ方とは

兜

分限帳の探し方と武士の調べ方

先祖が武士であるとほぼ分かっている場合、「分限帳をどこで見れば良いか」という問題に突き当たります。その回答は次の通りです。

  1. まず、最寄りの公立図書館で探す。国立国会図書館、都道府県立図書館、区市町村立図書館などのデータベースで検索してもらい、閲覧可能かどうかを確認する。
  2. 各地に点在している公立の「博物館」、郷土資料館、歴史館等の文化財保護施設に問い合わせ、閲覧させてもらえるか問い合わせる。
  3. 閲覧するには条件があるものの「国公立古文書館」で分限帳の閲覧申請を行う。例えば「国立公文書館」は問い合わせてみる価値が、大いに有りです。
  4. 大学など専門の研究機関付属の図書館に問い合わせてみる。分限帳は個人情報が満載されているので、ほぼ「開架書庫」には展示されていません。「閉架書庫」の閲覧には学内関係者であるか、その他特別な許可が必要ですが、研究活動として協力依頼してみるのも一つの方法です。
  5. 城下町には、家臣の子孫が親睦団体を作っている地域も多く、各藩ごとに作成した分限帳を所有しています。もし、あなたの祖先が同じ家臣団に所属していたのであれば、案外簡単に閲覧させてくれるかもしれません。まずはお問い合わせ下さい。

武士であることを調べるには、「分限帳」を調べるのが最も効率的で正確です。けれど、すべての武士が記載されていない以上、分限帳にも限界があります。そんな時には、下記の資料など当たってみるのも一つの方法です。

分限帳以外の有効な資料

  • 無給帳
    分限帳に記載されていない下級武士の給与台帳。扶持米や銀の支給記録。
  • 検地帳
    江戸時代までの系譜が分かっている場合には、それ以前に作成された検地帳も役立ちます。
  • ○○家先祖帳・御家中御先祖書
    「先祖書(せんぞがき)」とはその文字の通り、江戸時代、武士が直系の御先祖の氏名や経歴、軍功などを書き留めた文書です。
  • ○○御家中役人帳
    江戸時代に設けられた様々な役人名簿。「町役人」が士族以外の町民を指しているのに対して、御家中役人は武士の役職に限定して記載されている例が多いようです。
  • ○○士族年譜
    明治維新後に、武士は「士族」という身分を与えられます。その士族の年譜です。

分限帳閲覧上の注意点

各地の公立図書館や博物館、公文書館には、必ず分限帳が所蔵されていますが、実際閲覧するに際して、いくつかの問題点に気付くことでしょう。その問題点とは次の通りです。

  • 個人情報保護の観点から、余程の直系子孫でも無い限り、閲覧許可されないケースが多いのが実態。中には、たとえ直系子孫であることを証明しても、閲覧できない分限帳もあります。
  • 分限帳原本は、「くずし文字」で記載されているので、くずし字を読みこなせないと判読不可能です。くずし字を読みこなすためには、「古文書講座」などカルチャースクールに数年通ったり、くずし字が判読できる方に同行してもらったりする必要があります。

くずし字は書き写そうとしても、文字の仕組みが分からない間は写し間違える可能性が高く、そうそう簡単にはいきません。もし許可が得られるなら、写真撮影させてもらい、判読してくれる方に読みこなしてもらうのも良いでしょう。


分限帳と合わせて調べたい自分のルーツ

もしも、あなたの祖先が武士であったなら、自分の家系とルーツを探る上で、分限帳はまずもっとも有効な資料です。改めてご紹介すると、分限帳には通例で下記の内容が記載されています。

  • 藩内の役職
  • 禄高
  • 軍功や昇進の履歴
  • 所領地の詳細
  • 家柄
  • 寺請状に基づく菩提寺と檀家

こうした貴重なデータをもとに、自分のルーツを探っていくわけです。特に、祖先が高級武士であれば、ほぼ間違いなく分限帳にその氏名が記載されているはずです。その際には、特にあなたの「名字(苗字とも)」に注目して下さい。名字には、系図を探る上で、厳然とした歴史の事実が残されているからです。

また、運が良ければ、分限帳とともに「家系図」も同時に保管されている事例も見受けられます。家系図が見つかれば、その初代が必ず記載されています。武士だった先祖を探る上で、分限帳探しは、極めて有益な活動であることが分かります。

また、たとえ分限帳に記載されていなくとも、菩提寺に出かけて「過去帳」を書き写してもらうことが可能であれば、江戸時代の中頃までは先祖をたどることができます。そのためには墓石や位牌に刻まれている「戒名」を写し取ったり、役所で除籍謄本を手に入れたりするなどの下準備も欠かせません。

  • ただし、自分のルーツを調べていく過程で、あなたに注意して欲しい点がいくつかあります。その注意して欲しい点とは次の通り。
  • 菩提寺に所蔵されている「過去帳」は、現在では原則閲覧できません。分限帳でさえ図書館や博物館、資料館に於いても閲覧できない場所があるほどです。調査の方法を変えなければなりません。
  • 系図として発見した資料にも「贋作」が多々混じっています。「ニセ系図作り」の名人と呼ばれた人物も過去にはいます。様々な資料を付き合わせ、総合的に判別できる力が求められます。

まとめ

たとえ先祖が武士でなくても、一体どこで何をしていたのか、どんな生涯を送ってきたのか、気にならない方はいないでしょう。自分の先祖をたどり、ルーツを探ることは自分の存在に直結することだからです。

この記事では、「分限帳」という一級品の資料の価値と、その内容についてご紹介してきました。もしも、あなたの先祖が武士であれば、ぜひ一度その内容に注目してみましょう。もしかしたら、あなたの御先祖が、あなた自身にそのルーツをたどってほしいと考えているかもしれませんよ。