日本で先祖調査や家系図作りという言葉を聞くと、個人的な興味や趣味という印象を受けるかもしれません。しかし、海外では「系図」は単純な趣味というだけでなく専門的な職業として、その知識や技術が認められ始めています。
しかし、家系図作成が特に盛んであるアメリカにおいてでさえも、先祖調査を学術的に専攻するということは一般的ではありません。そんな中でも唯一、ブリガム・ヤング大学という系図学を専攻することが可能な大学があることをご存知の方も多いと思います。日本ではあまり聞き慣れない大学名かもしれませんが、アメリカに長く滞在した機会のある方であれば、ご存じの方も多いのではないでしょうか。
本記事では、著者の現地視察の経験も踏まえて、ブリガム・ヤング大学について詳しく解説します。
ブリガム・ヤング大学とは?
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ブリガム・ヤング大学(Brigham Young University、略称:BYU)はアメリカ合衆国のユタ州プロボにある、名門私立大学です。プロボ校のみで195の専攻プログラム、98の修士号、30の博士号課程があり、約3万5000人の学生が勉学に努めています。プロボ校以外にもハワイ校やアイダホ校といった分校があり、様々な分野で優れた教育課程を持ち、特に会計学や言語学で高い評価を受けています。また、法科大学院やビジネススクールも併設されており、全米の様々な大学ランキングの上位にも登場するなど、優秀な教育機関として認識されています。
国際色豊かな名門大学
ブリガム・ヤング大学は国際性に関しても大きく力を注いでいます。大学では60%以上の学生が2カ国以上の言語を習得しており、キャンパスでは120以上の言語が話されています。また、200以上の海外留学プログラムが存在し、毎年2000人以上の学生が海外に留学しています。このような教育課程もあり、世界各国の文化や歴史への理解も強みです。
国際的な著名人も多数輩出
また、ブリガム・ヤング大学では多くの素晴らしい人材を輩出しており、出身者の中には、2010年代のアメリカ大統領選挙で共和党の大統領候補として民主党のオバマ大統領と争ったミット・ロムニー(Mitt Romney)氏や、元日本マイクロソフト社長の平野拓也氏などがいます。大学卒業後には各分野の大手企業からのリクルートも数多くあり、学問習得後にも仕事で活躍できる環境が整えられています。さらに、名門私立大学とされていながらも、学費は比較的安く、近年では外国人の留学先としても注目を浴びています。
スポーツも強い!
ブリガム・ヤング大学では学業のみならず、スポーツも非常に盛んに行われています。多くのスポーツでは大学最上位のランクのリーグで競技が行われています。特にアメリカンフットボールやバスケットボールのチームは地元民からも根強い人気を誇っており、バレーボールやラグビーでは何度も全米大会を優勝しています。
以上のことからも分かりますが、ブリガム・ヤング大学には文武共に秀でた学生が毎年入学し、様々な分野で活躍するために社会へ出ていきます。全米中には同様な一流大学が数多くあります。そのような大学の中でも、なぜブリガム・ヤング大学で系図学を学べるのか調査しました。
アメリカで唯一系図学を専攻できる大学
アメリカ合衆国内では、高校卒業後の学位を取得できる進学先として、おおよそ4000の教育機関があります。そのため、自分の希望や目標に沿った専門性の高い教育を受けることができます。しかし、その数多くの教育機関が提供する学問の中でさえ、いまだ先祖調査や家系図作成はニッチなのです。もちろん、授業や研究の一環として学ぶ機会はあるかもしれませんが、系図学のみを専門的に学ぶということは確認した限りいまだに難しいようです。そのようなアメリカの教育で、系図学を専攻として卒業できる唯一の大学がブリガム・ヤング大学となります。
なぜ系図学?
恐らく多くの方が、なぜブリガム・ヤング大学でのみ系図学の専攻があるのかと、不思議に思うかもしれません。その一番の理由として、ブリガム・ヤング大学の運営母体に理由が隠されていると思います。ブリガム・ヤング大学はキリスト教系大学として、末日聖徒イエス・キリスト教会により創立・運営されているからです。現在、世界中に1700万人を超える教会員が所属する大きなキリスト教会です。
末日聖徒イエス・キリスト教会と家族歴史探求
末日聖徒イエス・キリスト教会では教義の一部として、家族歴史を探求する大切さを説いています。その理由として先祖に対する救いの儀式を行うために、教会員は先祖を調べ、家族歴史を探求することを奨励されているからです。そのため、先祖を調査する情熱や水準が高いのかもしれません。
ユタ州という土地柄も関係している
また、歴史的に見ると、ユタ州自体が1800年代に移民により開拓された土地でもあります。そのため、彼らの先祖は基本的にユタ州以外のどこかから移り住んだことになります。いつ、どこから来たのか、どんな人物だったのかという、ルーツを辿る文化が根付いている土地でもあります。日本人からしてみると、自分の先祖はずっと日本に住んでいたと聞かされている人が多いので、そこまで追求してみたいという気持ちが湧かないものかもしれません。
このように宗教や時代背景が大きな要因となり、ユタ州では先祖調査が非常に盛んになっています。実際のところ、家系図研究の中心地ともなっており、世界最大の家系図に関するテクノロジーとサービスを紹介する見本市である「ルーツテック(RootsTech)」もユタ州ソルトレイクシティで毎年開催されています。ブリガム・ヤング大学も毎年このルーツテックに出展しています。
系図学での具体的な取り組み
上記に解説していますが、ブリガム・ヤング大学が末日聖徒イエス・キリスト教会により運営されているため、系図学(Family History Major)がどこまで学問として専門性を持っているのか疑問に抱く人がいらっしゃるかもしれません。そのため、近年系図学がブリガム・ヤング大学でどのように教えられているのかという興味や関心が高まっています。
実践的なプログラムを通して系図学を学べる
2024年3月にユタ州で開催された「ルーツテック(RootsTech)」へ弊社(家樹株式会社)が出展した際に、併せてブリガム・ヤング大学を訪問し、系図学の教授やスタッフから直接お話を聞く機会がありました。そこで実際にお聞きした内容を紹介しますが、当初の想像とは大きく異なり、宗教色を押し出している訳ではなく、実践に焦点を置いたプログラムでした。
ブリガム・ヤング大学の系図学は歴史学部の学問の一つとなっています。履修課程には知識として学ぶ歴史課程と、技術的な習得を目的とした調査課程の2つがハイブリッドとして構成されている、珍しいプログラムになっています。現地取材をする中で大きく目を引いた部分に、知識や技術をすぐに実践することのできる環境があります。系図学の全ての学生は学問として知識を習得する傍ら、政府、企業、法人等とブリガム・ヤング大学との共同プロジェクトに参加して、調査が必修となっています。この調査では単純なボランティアや練習という位置づけではなく、通常の仕事と同様に雇用されて行われています。そのため、系図学で学んだ事をすぐに現実的なスキルとして習得・応用することが可能になっています。
卒業生は系図関連の大手企業・機関に就職
このように系図学の学生は在学中から実践的な環境に常に身を置くことができるため、卒業後の進路は引く手数多とのことです。「ファミリーサーチ(FamilySearch)」や「アンセストリー(Ancestry)」といった大手先祖調査機関・企業に就職したり、政府での研究者として、第一線で活躍しています。
日本との比較
ブリガム・ヤング大学のように、アメリカ合衆国内でも系図学を専攻できる大学は珍しい例ではありますが、日本とアメリカでは先祖調査や家系図作りの扱われ方に大きな違いがあります。
日本では家系図=趣味の認識
日本での先祖調査はあくまでも個人的な趣味という範疇であり、マイナーなジャンルとして捉えられています。また、仕事としても行政書士などの士業としての業務の延長という風に考えている方も少なくはありません。しかし、欧米などの海外に目を向けてみると、単純に趣味というだけでなく、専門性のある知識や技術を必要とする職業として確立し始めています。
進化を続けるアメリカの家系図市場
現在アメリカ国内の家系図市場では個人の先祖を調べるだけにとどまりません。DNA鑑定や新しいテクノロジーを活用することで人々の歴史を遡って記録したり、今まで知らなかった親戚と繋がることで新しい出会いや経験が生まれたりと、家系図産業での調査する幅というものが広がっていることが分かります。
系図学の研究対象も多岐にわたるように
実際、ブリガム・ヤング大学との共同プロジェクトの中には多岐の分野に渡る研究がありました。特定の疾患が発症する要因になる共通の遺伝子を保有している人を調査したり、第二次世界大戦後にアメリカへ帰国せず、現地に居住した親族を見つけ出したりと、社会や人々の生活に大きく貢献する研究がありました。
系図学者としての資格も体系化されている
また、海外では家系図協会のような組織が設立されているだけでなく、一定の水準を保証する家系図学者としての資格も体系化されています。しかし、日本では大きな組織として家系図研究の知識・技術の標準化がなされているわけではありません。
日本に家系図専攻ができる可能性は?
現在の日本とアメリカのマーケットの成長度を比較すると、残念ながら学問として確立するのにはまだまだ時間がかかるものかもしれません。もちろん、家系図研究に必要な技術や知識は日本の大学内の歴史学や文学の一部として教えられていることは事実です。しかし、その学習の到着地点が家系図研究というわけではないのです。
世界一の歴史を持つ国・日本
日本は世界で一番長い、世界一の歴史を持つ国ですから、その歴史に国民一人ひとりが直接触れる機会として、家系図や先祖調査の重要性が再認識されることは、とても意義のあることだと思います。
日本の系図業界のこれから
今後、日本の家系図研究をより盛り上げていくためにも、家系図業界での一定水準を設けることが必要かもしれません。家樹のような民間企業だけが業界をリードするのではなく、国や自治体のバックアップも必要です。さらには、皆さんが周囲に家系図の話題をだすだけでも、家系図業界の認知度は上がっていきます。その結果、業界全体とマーケットが大きく成長する事を願っています。